店主・芹沢章正さんとの長いおしゃべり
その3・『三月の羊』開店→西荻へ移転。


- 5年ぐらい焼き菓子をやって。それからは?

- 最初、田園調布で始めたんですよ、無謀にも。

- ご自分のお店を。

- はい。2001年に店を始めました。間口一間半ぐらいの。

- 田園調布のどこいらへん?

- 昔の多摩川園、田園コロシアム、多摩川遊園地、あの辺なんですけど。住所的には田園調布だけど、庶民的な田園調布で。僕はずっと大田区だったんで、自転車で多摩川へ行っていたからなじみもあるし、知らない区へ行くよりは、と思ってそこにしたんです。でもシャッター商店街で、だれも歩いてなくてね。昼間はおじいちゃんとかおばあちゃんが歩いている程度で人通りがない。それでもたまに雑誌の取材とかがあったりして、いちお経営的にはずっと黒字だったんです。

- おお、素晴らしい。

- 儲かってはいなかったんですけど、黒字だったんですね、なんだか知らないけど。だけど、あまりにもひとが来ないと面白くないじゃないですか。張り合いがないので、もう東京を出て田舎へ行っちゃおうかな、とも思ったり。いやいや、もうちょっと結果が出ないと……自分が思うほど結果が出ていないのに田舎へ行っちゃうのもどうかな、と。それじゃあ、もうちょっと自分の仕事をひとに見てもらえるところへ一回行って、それから考えよう、と思いました。それで半年ばかり、新しい店舗を探し回ったんです。あちこち。

- ごめん。その前に、田園調布のお店の形態を教えて。パンと焼き菓子を作って売っていた?

- パンもちょっと作ってました。焼き菓子もあって。今よりね、意外と一所懸命頑張っていた感じはあります。

- どうゆうこと?

- たとえば注文のデコレーション、ふだんはやってないけど、お菓子の上に、あの当時だとアンパンマンとかアトムを描いてくれとか、ハリーポッターのフクロウを描いてくれと言われてやるんですよ。インターナショナルスクールが近くにあったので、子どもをそこへ通わせているお客さんから「子どもたちのホームパーティのために、ブルーの海の中のイメージのケーキを作ってほしい」と注文されたり。こんな青いケーキ、本当にいいんですか、っていうぐらい青いんですよ。いい、って言うから作ったけど。


- そういうのも作ってたんだ。

- そう。いろんな形のグミを使ったり。あぶくに見立てて、銀色のアラザンを使ったりして。

- できるんですね、そういうことも。

- そういうのも、できます(笑)。似顔絵とか、チョコレートペンで描いてのせたりとか、やってたんです。ほんとはケーキじたいの味とは合わないんですけどね。注文をもらえるだけありがたい、っていう感じだったんで。

- そこは間口一間半ぐらい。

- お店じたいは一間半で、二間ぐらいあったのかな。で、奥にちょっと厨房があった。

- もともとがお店だったところを借りた?

- はい。そこはお茶屋さんだったのかな。二階が住居になっていて僕が住んでました。

- じゃあ、おうちから出てそこに住んで。

- はい。

- それは30歳ぐらい?

- 33、34歳ぐらい。

- 資金はどうしたんですか? それまで働いて貯めたお金で?

- はい。でもね、わりと自分の手作りだったんで、ほんとにお金をかけずにやりました。工事も自分でできるところはやって。

- 店を作るときのイメージはありましたか。

- 先ほど言ったようなイギリスのティーハウスのような、あんな感じですね。なんでしょうかね、好きなんです、ああいうのが。スコットランドとかイギリスの田舎の感じが。

- 面白かったでしょ、自分のお店を始めるっていうのはワクワクでしょ。

- そうです。

- でも、人通りがあんまりなくて、つまんないと?

- つまんないんです。来てくださる方は、ほんとにみなさん気に入ってくださって。お友達に紹介してくださったりするんですけど。いかんせん、僕の店に来てくださってもほかに寄れるところが何もないので。「お茶が飲めたらいいのにね」っていう声もたくさんあって。そっか、お茶が飲めるといいのか、と思ったり。

- そこはどのくらいやってました?

- 2年半です。

- そのときは店の名前は違ったんでしょ。

- 一緒です、『三月の羊』。なので、こっちに引っ越してから電話がかかってきて。道がわからないと言うので「今どちらにいらっしゃいますか」と聞くと、「多摩川駅です」っていうひともまだいましたね。

- え、じゃあ、田園調布からいきなり西荻に移ってきた、っていうこと?

- はい。
半年ぐらいあちこち探して。
西荻はほんとは避けてました

- 西荻にしたのはどうしてですか?

- ほんとに縁なんです。半年ぐらい、あちこち探し回っていたんですよね。たとえば遠いところだと西は八王子から、南は鎌倉。

- わあ、広範囲だ。

- それから、やねせん。

- やねせんってどこ?

- 谷中、根津、千駄木。

- ああ、あそこらへんね。

- 小田急線、京王線、中央線、東横線。横浜から何から、もう靴がすりきれちゃうくらい歩いた。

- それはどういうふうに? 街に降りてみて不動産屋に訊いてみたりして?

- 平日、仕事をしているときはネットで。来週はこの沿線を歩こうと決めると、1週間探すんですよ。それで、なんか面白そうなやつを不動産屋に連絡してもらって。休日に一駅一駅歩きました。それで西荻はね、ほんとは一番避けていたんです。

- ほう。避けてましたか。

- っていうのは、僕のやろうとしていることと、ちょっと性格のかぶるお店があったから。がちまい家さんだったり、ミツさんだったり。ね、なんか、競争相手がたくさんいて大変そうじゃないですか。ウォーターブルーカフェさんとか、生菓子のおいしいお店もあるし。パンだって、ムッシュソレイユもあるし。ね、どうするんだよ、って。
『がちまい家のオーガニックな焼き菓子』のレシピブックも出ている『がちまい家』は、西荻の伝説的な焼き菓子屋で、わたしも大好きだった。11年間(だったかな)営業して店をとじて沖縄へ渡った『がちまい家』の跡地に、『ニヒル牛2』ができたのは知るひとぞ知る西荻常識。女子大通りにあった『ムッシュソレイユ』は現在、荻窪に移転して営業。

- 中央線もほかの駅は見て歩いていたんですけど、西荻は最後の最後で。なんかの用事で来て散歩してたら、ここの前を偶然通りかかったんですよ。それで「あ、この路地の奥の感じがいいな」って思った。「こんな感じだよな」と頭の中に漠然とあるイメージに近かったんです。僕は結構、路地の奥にあるお店って好きなんですよね。あんまり表でわさわさしていなくて。なんていうんだろう、お客さんとお店のひとが、ただ物の売り買いをするだけじゃなくて、ちゃんとコミュニケーションがね、心のやりとりができるような気がする。それから数ヶ月後のことです。そのときもなんかの用事で西荻に来て、ついでだから不動産屋さんのぞいていこう、と思ったら、ここが出ていた。

- あ、最初にこの物件を見かけたときはまだ空いていなかったんだ。

- 喫茶店だったんです。煉瓦敷きの路地の奥にある喫茶店。それを見て「いいなぁ」と思った。それで何ヶ月かして不動産屋さんにあたって、紹介されたのがずばり、ここだったんですよ。

- ああ、たまたま。

- もう、そこでギアが入ってしまって。

- それは西荻の不動産屋さん?

- そうです。

- 「あ、あそこが空いてる! 前に見たところだ!」と。

- そう。なんか面白くできそうだな、と思った。
物件との出逢いについて、後日、奥さんの久子さんから次のようなコメントが届いた。「西荻に彼がもう一度降り立ったときの“なんかの用事”っていうのは、ずばり私の“ニヒル牛への納品”です! まだ結婚前で、当時、彼とつき合っていた私はべったり中央線人間で、高円寺に住んでました。その頃、ニヒル牛で待っていたボックスがあいて使えることになり、作品の補充のために彼を西荻につき合わせたのです。彼は常に不動産チェックをする体制になっていたので、ニヒル牛に行っている私を待っている間に途中の不動産屋で例の物件を見たのでした。まさに、ニヒル牛さんがとりもってくれた西荻とのご縁です。ありがとうございました」。こんな大事なこと(?)がすっかり抜け落ちているなんて……男ってやつはほんと、自分のことしか見えてない生き物だな。

- そのほかに候補がありましたか、違う街で。

- 違う街? やっぱり三鷹とか吉祥寺とかも考えましたよね。

- いい物件もあった?

- いや、あんまりないです。三鷹もよかったんです。住むのにもね、わりと。

- 自然も多いしね。

- だけど自分があまり行ったことのない街に、(お客さんに)来てもらうっていうのもなぁ、とかね。僕は吉祥寺まではよく渋谷から来ていたんですけど、三鷹は行ったことがなかった。

- 自分に馴染みがなかった。

- はい。で、最初はやっぱり、吉祥寺がいいかなと思っていたんですけど、吉祥寺は家賃が高い。中心部はもちろん、駅からかなり歩いても、やっぱりそれなりにする。

- 西荻へはよく遊びに来ていたんですか。

- いや、全然。全然。全然。

- そう意味では三鷹と同じぐらいの馴染み度?

- ただ、吉祥寺よりも内側っていう点で、精神的なハードルが低い感じはしましたね。特別快速とかの速い電車は停まらないですけどね、それはあとで知りましたけど(笑)。

- あとで知ったんだ(笑)。

- 未だに乗り過ごしちゃいますけどね。

- それで物件を見て、「いいな」と思ったから即決?

- 即決ですね。

- こっちのほうが、前の田園調布の店よりも広いわけですよね。

- 広いです。喫茶をできるスペースがあるし。

- 開店資金は貯めていたの? 黒字だったから。

- ここもそんなにはかかってない。結構、前の店から持ってきたものが多いんですよ。2004年から西荻で「三月の羊」を始めました。


- どうでしたか。西荻で店を開く、っていうのは。また全然違うよね、田園調布とは。

- ああ、でも、よかったんでしょうね、ほんとに。

- 何がよかったのかな。

- まずね、なんていうんだろう、気取らなくていい感じが。田園調布だと「包装紙に“田園調布”って入ってますか」とか言われちゃう(笑)。言われちゃうんですよ。

- はははは。

- 西荻では結構、レジ袋みたいなやつを、どこの店とは言いませんけど、昔、僕が田園調布で使ってて「これじゃ八百屋さんの袋みたいじゃない」って、お客さんから言われたのを使っているお店があって。「ああ、西荻は気楽でいいな」って。「こんな袋じゃ……」って言われないんだな、って。そういう感じがねぇ。

- そんなこともわからなかったんですか。この街がどんな街かあまり知らなかった?

- ナモ商会さんとかの自然食品屋があったり、アンティーク屋さんがたくさんあるとかですね。知識としては。

- そのほかはどうでした? 気楽だ、っていうことと。人通りとかは?

- 最初はね、路地を入ってからが長いので、大通りからひとが覗くんだけど、なかなか路地の中まで入って来ない感じでした。逆にそれがフィルターになって、よかった面もありますけど。毎日、前を通って気になっていたけど、3年とか4年たってやっと入ってきた、っていうひとが結構いたり。あるいは雑誌に出たのを見て、前から気になっていたけれど、やっと入ってきたとか。

- 『3月の羊』さんができたとき、「新しいお店できたね」っていう話になって。「どこどこ? え、あの場所よくないじゃない」って妹が言ったのね。わたしは逆に「あそこ、すごいいい場所じゃない!」って。「あの奥ってすごくいいな」とわたしも思ってました。

- 喫茶店に来てました?

- 喫茶店は入ったことがなかったんですよ。やっぱり大通りから路地の突き当たりにある小さな店を見て、「あそこいいよな」と頭にあった。

- 西荻に住んでいるひとでも、「西荻にこういう場所があったんですね」って言うんですよね。なかなか奥までは気がつかないみたい。


- あとほかに、ここでやってよかったのはなんですか。

- 出版関係の方とか、編集者とか、ものを書いている方や、絵を描いているとか音楽をやっているとか、そういうひとがこの街には多くって。そういうひとと知り合いになることができたり。出版社関係のひとが多いっていうことは、それだけマスコミ、メディアに取り上げていただくことが多かったですね。それでわかったんだけど、雑誌の中央線特集でも、吉祥寺から内側のほうがページのボリュームが多いんですよね。そういう意味でも「西荻でよかったんだな」と思います。

- 雑誌の取材は最初から受けてました? ほら、断る店もあるじゃない?

- 最初の2〜3年は来るもの拒まずで、ぜーんぶやったので。だから逆にライターさんのこととか、出版社の事情とか、勉強になりました。

- なるほどなるほど。

- 最初から「こういうふうな取り上げ方をするな」ってわかるんですよね、記事になる前から。こっちの話をあんまり聞いてなくて、向こうの意向だけでやるとか。文章の書けないライターさんがいたりとか(笑)。誤字脱字が多くて。なんていうんでしたっけ? 校正?

- 記事をチェックをしてください、ってね、たいていの雑誌はお願いしますよね。

- それで誤字を僕が直しちゃったりとか。読むと文章がなってなかったりして、初めは驚いたけど、だんだんそういうのもこだわらなくなってきて、「よほど違ってなきゃいいや」って。でもこの2年ぐらいは断るものは断っていた。テレビはもう懲りました。一回、朝の情報番組みたいなのに出たら、電話鳴りっぱなしで。朝の情報番組を観ている方の応対は大変なんです(笑)。大変なので。テレビは断って。

- 雑誌に載ると問い合わせがいっぱいあったり、たくさん人が来たりした?

- そうですね。週刊誌よりも月刊誌のほうが(お客さんの来る)息が長いんですよ。結構、みんな雑誌をとっておいたりするみたいで。

- 私は逆に取材する側なのでわからないんだけれど、そういうふうに雑誌に取り上げられることって、まあ、悪い面もあるけど、いい面もあるんですか。

- 広告費がいらない、っていういい面がありますよね。広告を打たずにお客さんに知ってもらえる。悪い面はやっぱり、たとえばチェーン店だったり、うちはビジネスをがんがんやりたいんだ、っていうところはいいんでしょうけど。観光地みたいに荒らされていく感じがあるんです。特に隔週で出るような情報誌で紹介されると、ひとがワーッと来てワーッと去っていく。民族大移動みたいな感じになってしまうので、そういうのは最近はお断りしてました。
(次週に続く)
三月の羊 http://rumlamb.tea-nifty.com/

- プロローグ
- 2011.3.15
- その1・Boy meets a his SHIGOTO.
- 2011.3.15
- その2・修業時代と羊の原体験。
- 2011.3.21
- その3・『三月の羊』開店→西荻へ移転。
- 2011.3.28
- その4・エスケープルート
- 2011.4.4
- その5・生活するのに理想の地。
- 2011.4.11
- その6・日本を放り出されても大丈夫。
- 2011.4.18
- その7・パンのひみつ
- 2011.4.25
